「タウンマネージャーが商店街でショップをはじめたら」

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日本全国の中心市街地活性化と商店街活性化を、
富山を通して語る、考える、変えてみる。

あきらめの分岐点が低い皆さんへ。

カテゴリー:タウンマネージャーが考える地方創生とは?, タウンマネージャーの独り言です, シャッター通りに行列を作る地方発の大人気スイーツ「コムクレープtokyo」とは?
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さて。最近たまに
私の良いところはあきらめが悪いところだ、
と言われます。
しつこいところという意味なんでしょうね。
あきらめの分岐点が低い!
これは、うちのスタッフによく言います。
言い訳をくりかえしたり、
自己防衛に走ったり、
何度も同じことをくりかえしてるうちは、
あきらめの分岐点が低いとなります。

言い訳をする=誰のせいにしてるの?
自己防衛=保身に走ってない?
同じことをくりかえす=ミスを認めてなくない?

私が大事にしているのは
「やりきった感」です。

私が今のところの人生でラッキーだったのは、
コピーライター、タウンマネージャー、クレーピエと
3つのプロを経験できたことだと思っています。
プロというぐらいですから、
それでちゃんと生計が成り立つレベルです。
そして、どれにも「やりきった感」があり、
「やりきったエピソード」があります。

コピーライターとして二流だったと思います。
22歳から目指してまったく文才がないことに気づきました(笑。
最初の3年ほどは、自他ともに下手だと思っていました。
コピーライターとして師匠は3人おります。
まともに認められたことはなかった。
分岐点はフリーランスを意識した27歳のころ。
とにかく良いと思うコピーを写経しました。
そのまま写すんです。書いて書いて覚えるまで。

大きな仕事のときはキャッチフレーズだけで1000本は書いた。
それはサラリーマンコピーライターから
フリーランスになっても続いた。不安だらけだったので。
はじめて評価されたのは、NANA展というグループ展を開催したとき。
先輩ADと私の7人で、
朝日広告賞に出品する50点ぐらいの新聞広告を制作。
全員の作品すべてのコピー一字一句を担当した。
そして、展示後に出品したところ、本当に朝日広告賞に入選した。
翌々年に、コピーライターとしてめずらしいNANA分の一展を開催。
72本の言葉を先輩等にデザインしてもらい展示。

とても好評でそのままポストカードブックにして全国出版。
1000部を都内の紀伊国屋なので販売。500冊を手売り。
ほとんど完売しました。売値は1,800円。
儲けは一冊80円ぐらい(笑。
全部売れて印刷費が出るぐらいの勝負でした。
これでもまだ途中。
尊敬するコピーライターである仲畑貴志さんが、
富山のコピーライターズクラブ賞の特別審査員になる年。
私はそのクラブはとっくに辞めていたんですが、
作品を一点だけ出品した。
見事に準特別賞をもらった。

これでも卒業証書ではない。
それから数年後に、ある新聞広告のコピーを読んでうまいなと思ったことある。
それは一年前に自分で書いた学習塾かなにかの新聞広告全十段広告コピーだった。
そのとき感じました「やりきった感」。
一年前から成長していない自分に気づいたときでした。

タウンマネージャーとしては三流だったと思っています。
商店街サイト時代のトヤマグを始めてから、
私のタウンマネージメント人生ははじまりました。
サイトからの広告が収入があり、独立したメディアとして存在できました。
その16年間の中でも、経産省登録の公的なタウンマネージャーになった2年間。
その間に、富山市の中心市街地の10の駐車場を無料しました。
富山大和と富山西武の平均日商を計算し、
プラス3商店街の売上アップ150%を計算すると、
億単位のお金が2日間で動いたことになります。
これは私がいなかったらありえない経済効果。
前日まで誰も歩いていなかった商店街に、
怒濤の人並み。この日に「やりきった感」を感じました。
一度でいいから駐車場を無料にしてみたい。
そう感じ始めてから5年は経っていました。
ただし、その後の圧力や裁判など、
とんてもない経験までさせてもらった。
世の中の壁を痛感した。

私には独自の商店街活性化策がある。
それは今までになかった手法で、
それを遂行したらほぼ間違いなく活性化するはず。
しかし、それを多くの人に伝えること、
認めてもらうことができていない。
策があっても実行できなければ意味がない。
意味がないタウンマネージャーは三流なわけです。

クレーピエとしては一流だと思っています。
理由は簡単。
私は一ヶ月で10,000食売れるオリジナルのクレープシリーズを、
現在までに2種類つくっています。2種類なので、偶然ではありません。
そのどちらのメニューも、私がつくるまでこの世に存在していません。
クレープブリュレとイチゴミクレープです。
これはかなりの確率で不可能です。
それを達成し、3つ目のシリーズをつくろうとしています。
本店は13周年。原宿にも店をつくり、
今なお行列です。
この原宿の行列で私には「やりきった感」がありました。
今後も都内に店舗展開するのでしょう。
原宿を超えるインパクトはなかなかむずかしいでしょう。
新しい店でどれだけインパクトのあるオープンがあっても、
大行列をつくっても、
原宿店90分待ちほどの破壊力はないはずです。

この20年ほどで、3種類のプロになれたのですから、
私は幸せ者だと思っています。
そして3つのすべてに「やりきった感」を抱くまで、
経験させてもらったとも思っています。

本来なら、どれも志半ばであきらめてフェイドアウトするのが普通です。
それを一流か三流だったかはさておき(笑、
まったく異なったジャンルで、
やりきったと思うところまで
やりつくして後悔がないのですから上出来です。
おかげですべて10年以上のキャリアをつくらせてもらいました。

私はこの「やりきった感」をとても大事にしています。
年月だけの問題ではないでしょう。
場合によっては一週間で「やりきった感」を感じるものも
あるかもしれません。

あきらめの分岐点が低いと思われる方は、
結果の善し悪しは問わず、
「やりきった」と思うところまでやってみることをおすすめします。
そうすると不思議と次がみえてきますし、
それまでのキャリアは無駄になっていません。

さて、次は何を目指そうかな。あと7年ちょっとあります。

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