「タウンマネージャーが商店街でショップをはじめたら」

toyamagu.com

日本全国の中心市街地活性化と商店街活性化を、
富山を通して語る、考える、変えてみる。

ニューヨークに富山ブランド「クレープブリュレ」で行列を作るプロジェクト。出店資金を集めるために、クラウドファンディングに挑戦します。ぜひ皆さんごご協力ください。

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さて。
「富山市中心部の情報サイトを担当してもらえないか?」。
ある友人から頼まれてから20年。
長い月日が経ちました。
今からもそうですし、あの時もそう。
自分の20年後を予測するのは難しい。

あの頃は、努力すれば、新しいことに取り組めば、
ニーズに応えれば、富山市中心商店街は活性化する。
店はまだ増える。経済の拡大再生産は起こる。
そう信じていました。若かったですね。

自分が店を出せば、商店街の一員になれば、
もっと力が発揮できる。

商店街の販促キャンペーンを私が手がければ、
私にタウンマネージャーの資格と実力があれば、
街の駐車場を無料したら、お客さんは来る。
売上が上がる。またきてくれると信じていました。
実際にやって見て、継続の難しさと、
空洞化という時代の流れには勝てませんでした。

いつも行ってる店が、知り合いの店が、
尊敬していた店が退店する。
歩く人も減る。再開発の工事は進みマンションができる。
マンションが完成しても人は歩いていない。
百貨店が移転して新しくなった。駐車場もできた。
映画館もできた。それでも、人も店も増えなかった。
その風景は、文字通りのシャッター通り。

市はコンパクトシティは成功だという。
果たしてそうだろうかと
ずっと疑問を投げか続けた。

富山でやれることは全部やりました。

20年の前の私の目標は、
「地域ブランド」「地域メディア」を完成させることでした。
「地域メディア」toyamagu.comは
このブログで継続されています。
前よりも影響力はないけれど、
存在しています。
「地域ブランド」はクレープブリュレという
日本初の焦がしクレープで誕生した。

クレープブリュレは
私がこの街に
この国に生きていた証です。
家も資産もない私の唯一の財産かもしれません。
私の代名詞であり、
地域の資源かもしれません。

クレープブリュレは
私にさまざまなチャンスをくれました。
原宿で大行列を作って、いろんな大手メディアに取り上げられました。
百貨店催事に呼ばれて、日本中に連れて行ってくれました。
富山から生まれた、唯一無二の日本のトレンドです。
寂れた商店街からこんなスイーツを作れると思わなかった。
クレープブリュレ発祥の地という呼び名が、
富山を少しでもおしゃれにしてくれた。
誇りに思う人がいてくれる。

クレープブリュレの誕生は、
日本のクレープ業界も変えました。
大手から個人店まで無許可でパクる。すごい数です。
もちろん正規クレープブリュレを販売してくれる
FC店も増えた。
富山の商店街にも大きな影響を与えた。
自分にも商店街に店ができるのではないか。
街にも店を作ってみよう。
私に影響を受けた人は少なくないだろう。

私は富山生まれでありながら、
家を持っていません。土地も。
実は車も持っていません。
資産という資産がありません。
なんだかその日暮らし的なおじさん(笑。

母親の教えがあったりします。
「あの世には何も持っていけないから」
よく言ってました。
幼い子供にどんなつもりで言っていたのかは、
もう聞くすべはないです。
そのおかげで、
物にあまり固執していないので
生まれながらに断捨離している感じです。
全く会社の社長らしくない。

この世に生を受けて、
何かしらの使命があるなら、やりきろう。
仮に余命一年だったとしても、
後悔のないように。
何も持っていけないのだから、
能力も何もかも、すべて出し切れ。
あの教えからそんな発想を今でも持っています。

今は東京にいます。
東京にいることで富山に関する感覚は変わった。
そして、いろんな偶然が重なった。

クレープブリュレには、
海外からのチャンスがあります。

この一年で、台北店と上海店の話がありました。

現在進行形では、アジアのある国のある大きな会社から、
クレープブリュレを輸入できないかと依頼があり、
英語のメールでやりとりしています。
弊社エージェントが海を渡って直接交渉に動きました。
先日は東京まで私に会いに、そしてクレープブリュレを試食にきました。

ある政府機関にも提案させてもらっています。
原宿インバウンドによる地方創生と、
ファムトリップとAI活用からの
地方とインフルエンサーマッチング。
富山ブランド「クレープブリュレ」の魅力で、
富山に地方に訪日外国人客を増やすプロジェクト。

そして、米国ニューヨークで開催される
JAPANfesスイーツコンテストへの出店。

富山の3坪の小さなクレープリーが、
東京に進出して、全国の百貨店で販売して、
ついについにアメリカへ。
クレープブリュレが連れて言ってくれる。
なかなか稀な人生です。

店舗ブランドの
コムクレープという店舗は、
もはや私のものだけではないでしょう。
商品ブランドの
クレープブリュレは、
私がどうするかでその先の運命が変わってしまいます。
グロバールブランドになるかもしれないし、
そういえば昔流行ったよねで
終わるかもしれない。

今回は、トヤマグを見ているみなさんの
お力を借りたい。
2019年11月15日から
クラウドファンディングを始めます。

ニューヨークで富山ブランド
「クレープブリュレ」の行列を作るプロジェクト。
参加する資金を集めます。

唯一の、富山から生まれた日本のトレンドです。
今後もこういったブランドが
富山から生まれるかわかりません。
チャンスをください。
富山から、地方のシャッター通りから生まれた、
富山ブランドであり日本のトレンド「クレープブリュレ」を、
一緒に「グローバルブランド」にする挑戦を。

ご協力よろしくお願いします。
資金協力はこちらからお願いします。
2019年11月15日スタートです。
このプロジェクトは富山県「明日のとやまブランド」育成支援」からも支援されています。

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